――顧客が社員採用を決定するのですか。
久野木 そうです。お客様のなかには会社役員や人事の経験者も多いですし、時間のゆとりのある方ですから、むしろ喜んで引き受けていただいています。毎回4名の方に面接官になっていただき、そのうち1名でも「ノー」と言えば不採用です。私も同席はしますが採点はしません。内心「良い」と思ってもお客様がダメ出しすればそれで終わりです。さらに、採用だけでなく社員の報酬もお客様が決めるのです。旅行の帰りにご記入いただくアンケートの評価が添乗員(社員)のいわば通信簿で、このポイントが報酬の決め手になります。
――なるほど、ここまで顧客の関わりが深くなると、必然的にファン層を形成しロイヤルティを醸成することになりますね。
久野木 結果としてそうなっていただけると大変有り難いことですが、むしろ社員全員が常にお客様を見て仕事をするようになることが核心です。「私はお客様に採用された」「給料はお客様が決めている」となれば、本当の意味で顧客志向の営業が根付くことになります。組織ではつい上司の顔色を窺ったり、添乗の際もイレギュラーな事態に直面すると、まずコストを考えたりクレームが出ても押さえようとしたりしてしまいがちですが、当社では「真っ先にお客様の顔を見よ」と言っています。また、ロイヤルティの究極は「積極的な紹介・口コミ」と言われていますが、これが有効に発揮される部分と、そうではない部分があります。富裕層のお客様は得てして“群れたがらない”というか口コミが必ずしも通用しないところがあり、個々の属性に応じてコミュニケーションのやり方を変えていかなければなりません。だからこそ、同業他社が入り込みにくく当社の優位性が発揮できているとも言えます。
専用バス・船の特注、介護サービス仲介で
「行けない」顧客を「行ける」に変える
――顧客ターゲットを絞った極めて高付加価値のビジネスを展開されているわけですが、今後の展開は。
久野木 65歳以上のシルバー層オンリーの営業展開は今後も変えるつもりはありません。高リピート率も維持していきたいところですが、なにしろご高齢のお客様なので“永遠の旅立ち”をされる方もおられるわけで、新規開拓は常に必要です。その決め手は『ハード』のサービスを明確に示すことです。当社は独自に日本人のお年寄り向け専用のツアーバスを特注で仕立てて欧州で10台運行しています。さらに4月からはシャワーを日本風呂に変えるなど日本仕様の船を自社所有し、ライン川、ドナウ川などで就航しています。一方、『ソフト』面は、日頃の電話によるコミュニケーションなどを通じて判明している、「お客様が行きたくても行けない理由」の解消に注力することです。お客様の世帯には寝たきりの親の介護で家を空けられなかったり、さらには盆栽の水遣り、猫の世話にいたるまで、実にさまざまな「お金があっても行けない事情」をお持ちです。これらを当社が仲介して、たとえば介護サービス会社をご紹介するなどのアドバイスを通じて、「行けない」お客様を「行ける」ようにしていく取り組みも地道に続けていきます。
(聞き手・鈴木 信之)
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